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稲刈り [野良仕事]

幸いなことに、この一週間ほど良いお天気が続き、

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2枚の田んぼも周辺やぬかるんだ所の手刈りがようやく終わり

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今日は昼食の後コンバインがやって来て、あっという間に残った稲を刈り取りました。
あっけないやら、ホッとするやら

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八郷周辺では既に殆どの田んぼの稲刈りが終わり、畦のあちこちに彼岸花が咲き乱れています。

お彼岸も過ぎて八郷の田園は静かに秋を待つばかり・・・

稲刈り [野良仕事]

台風が過ぎて太陽が顔を出し、ようやく稲刈りを始めました。

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田んぼの水が引き切らずにぬかるんで、コンバインが入れない所は手刈りをしますが、今年は直前に大雨が降ったので手刈りの部分が増え、この二日間友人や家族の応援を得てようやく3分の一程を終えました。泥に足を取られながらの稲刈り・・・まるで田植えの時のようです。

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それでも青空のもと、皆で食べるおにぎりの味は格別です。

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小学一年のこの子も、自分で植えた稲を刈り取りました。作物を作ることの大変さを理解するのは未だ難しいかもしれませんが、自分で作業をすることで食べ物を大切にすることを覚えてくれたらと思います。

台風一過 [自然]

台風15号が列島を縦断して各地に爪痕を残しました。

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今朝起きてみると、庭のそこかしこに檜の枝先やドングリが散らばっていました。そういえば昨晩窓にパチンパチンと石が当たるような音がして何かと思っていましたが、どうやら犯人はドングリだったようです。

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コンポストの蓋が重しのレンガごと道路に飛ばされたり、ブドウの棚が束石ごと持ち上げられて斜めに傾いてしまったりと、いつもは筑波山に守られて風の被害が比較的少ない八郷も、昨晩はかなり風が強く吹いたようです。


家の周りをひと通り片づけて田んぼに行くと、

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案の定一昨日刈り取った稲がおだ掛けごと横倒しになっていました。

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とりあえず支柱を打ちなおして稲を掛けなおしました。稲刈りの直前の台風でしたが、幸いなことに稲穂は何とか持ちこたえていました。

一方ご近所の梨農園では袋掛けした実が半分以上落ちてしまいました。毎日朝早くから丹精込めて手入れして来たのに、収穫期を前にダメになってしまった農家の方の心情を察するに余りあります。

八ヶ岳登山 [山登り]

9月の11日から14日にかけて南八ヶ岳を歩いてきました。編笠山から南八ヶ岳を縦走して以来、7年振りの八ヶ岳登山です。

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美濃戸から南沢に入ると、先日の台風12号がもたらした大雨で、沢の水は豊富でした。

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行者小屋から

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文三郎尾根を登って

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中岳、阿弥陀岳を横に見る高さまで高度を稼ぎ

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屏風のように立ちはだかる岩場を登り切って

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赤岳頂上小屋に着きました。今日はここで一泊です。


二日目の朝、少し風が強いものの空は晴れ渡り

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朝日を浴びて輝く雲海に浮かぶ富士山や、

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遠く槍・穂高が見渡せ

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目の前にどっしり構える阿弥陀岳には、折しも中秋の満月がかかっていました。

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赤岳を後にして、

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横岳への切り立った稜線を進み

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白い崩落を見せる硫黄岳の稜線を見る頃には

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谷から吹き上げる風に乗って雲が湧いてきました。

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ここで仲間の靴底が剥がれるという思わぬアクシデント。とりあえず平紐で固定して急場をしのぎ

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硫黄岳のガレ場を下って

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本澤温泉に着きました。

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何はともあれ「雲上の秘湯」につかって、一日の疲れを癒します。

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三日目は早々に宿を発ち

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天狗岳に登り返して

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中山峠から黒百合ヒュッテ経由で奥蓼科温泉郷の渋の湯へ下りました。

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小渕沢にあるIさんのお宅に戻って反省会を兼ねた打ち上げ・・・夜の更けるのも忘れて来年の遠征計画に花が咲きます。

月光山善光寺 [八郷の歴史]

私たちが米を作っている大田の棚田から歩いて5分ほど、吾国山の南麓に登り始める森の中に、「善光寺」があります。元々は筑波山西麓の山之荘村(今の土浦市)小野にあったお寺を、元禄14年(1701)に大田に移したものです。

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楼門をくぐって急な石段を登り切ると、

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こんもりとした杜の中に今にも崩れ落ちそうな社が現れました。

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正式な名前は「月光山無量寿院善光寺」。廃寺となって久しいこの寺は以前から痛みが激しかったのですが、今年三月の地震で更に酷く崩れ落ちました。

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屋根には草木が茂り、見る影もありません。

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境内に居並ぶ石碑の中に、二十三夜の供養塔がありました。二十三夜の祀りは、勢至菩薩の化身である月を信仰の対象として、「講」の仲間が飲食を共にしながら深夜まで月の出を待つ「月待ち」の行事で、18世紀の後半から昭和の初期にかけて日本の各地で広く行われていました。その際供養のしるしとして建てた石碑が二十三夜(月待)塔です。

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石碑には「文化元年三月吉祥日 大田村講中」と掘られています。時の将軍は31歳の第11代徳川家斉。文化元年は松平定信が「寛政の改革」を遂行してから約10年後のことで、後に江戸幕府の屋台骨を揺るがすことになる腐敗政治のはびこる家斉晩年の天保年間への変遷期に当たります。

幕府の政治の変遷が、関八州とはいえ遠く離れた大田の村の人々の生活にどのように関わったかは知る由もありませんが、今は廃寺となって朽ち果てているとはいえ、柱や梁の名残から善光寺が第十二代小田城主の篤い信仰を受けて、太田の杜にその威容を誇っていたであろうことは想像に難くありません。

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境内に続く旧家の墓石には「正保二年(1645)」とあるので、善光寺が移る以前からここは大田村の先祖が祀られる大切な場所だったようです。

実りの秋 [季節]

朝夕の涼しさと共に八郷の果物も色付いてきました。

今日は友人に梨を送ってもらう手配をお願いしに、ご近所のOさんのお宅に伺いました。こちらの梨は瑞々しくて甘く、とても美味しいのです。

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立派なモチの木が構える長屋門を入ると、

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茅葺き屋根の長い軒に強い日差しを遮られた土間はひんやりとして、

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長い時を経た藁土壁には、この家に伝わる織物や染物などがそれとなくに飾られて、心づくしのおもてなしを感じさせる心地よい空間が広がっていました。

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栗も堅いイガをはじかせて、そろそろ実りの秋の到来です。

アイヴィー [もの作り]

台風の影響で降り続いた雨もようやく上がって、今朝は時々青空も見えます。

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この数日、作業小屋で塗装と組み立てを済ませておいた柵をとりつけました。

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カミさんがハーブガーデンの一角に植えたアイヴィ、これまで地面を這って広がっていましたが、これで伝う所ができました。さてどのくらい背丈が伸びてくれるでしょう。

午後はギター文化館へ大萩康司さんのギターコンサートを聴きに行ってきました。雨上がりで湿度が高く、ご本人が言うには楽器の音がこもるとのことでしたが、どうして名器ブーシェの響きはあくまでも透明で美しく、素晴らしい演奏でした。後半の松尾俊介さんとのデュオも、パリ留学時代を通して十数年にわたる息の合った演奏に思わず惹き込まれました。
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