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津軽三味線 [音楽]

もう二十年ほど前になりますが、初代高橋竹山さんの三味線を聴きに行ったことがあります。骨太の手にバチを持ち、訥々とした津軽弁の語りとともに弾かれた三味線は強く記憶に残っています。

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今日は大学以来の友人夫妻を誘って、石岡の柴間で開かれた高橋竹童さんの演奏会を聴きに行きました。津軽三味線といえば活きの良い「じょんがら節」が有名ですが、三下がりや秋田音頭なども味わいがあって良いものです。

途中、尺八で津軽山唄を聞かせてくれました。吹きすさぶ風の音にも似た尺八の息遣いは、津軽の風景を彷彿とさせます。まだ名もない十代後半から門付けで糧を得ていた初代竹山さんは、湿気に弱い三味線が弾けない雨の日は、代わりに尺八を吹いたそうです。三味線の弾き手が尺八も吹くとは多芸だなぁと思っていましたが、そんないきさつを聞くと竹山さんの生きざまが偲ばれて、感慨深いものがあります。

最初は「何でまた唐突に三味線なんか」と言っていたクラシック一辺倒のK君ですが、最後まで退屈せずに聴いていたようです。

ヤマモモ [野良仕事]

お手伝いをしている畑の横に、大きなヤマモモの木があります。

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数週間前にはまだ青かった実が

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一気に色づいて、熟した実がポタポタと落ち始めました。今日は畑仕事の後にこの実を摘んできました。

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水洗いせずにそのまま塩をかけて食べるのが王道だそうですが、酸味が強いので粗製糖を振りかけてしばらく冷蔵庫で冷やしてからいただきました。

ヤマモモは傷みやすいので、残りは早速ジャムに。種を取るのが大変ですが、そこはサボらずひと手間をかけます。

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酸味がきいて色鮮やかなヤマモモジャムは、ヨーグルトやロシアンティーにも良く合います。

阿蘇 [ちょっと遠出]

目を覚ますと空が白んで、昨夜からの雨は上がっていました。朝食まで少し時間があったので、宿から20分ほど山に入った「すずめ地獄」を見に行くことにしました。

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ブナやナラ、カシなどが茂った原生林に木漏れ日が差し、

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渓流から立ち上る水蒸気で、岩肌は苔むしています。

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林を抜けると空が開け、「すずめ地獄」からは硫黄の臭いとともに冷泉が地面からプツプツと湧き出していました。吹き出す亜硫酸ガスで小さな動物が死んでしまうこともあるので、こんな名前が付けられたそうです。


宿に戻って朝食を済ませ、鍋ヶ滝に向かいました。

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国道387号線を西に進んで東蓬莱まで来ると、こんもりとした森に囲まれたお社が目に留まりました。このお社の正式な名前は蓬莱吉見神社で、阿蘇神社に祀られている健磐龍命(たけいわたつのみこと)の妃、阿蘇都姫命(あそつひめのみこと)の父である草部吉見神(国龍命)を祀っていますが、地元の人には鉾納社(ほこのみや)という名前の方が馴染んでいるようです。


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石段を上ると、大空にまっすぐ伸びた樹齢700年の夫婦杉を両脇に構えた立派な社殿がありました。


鉾納社から道を北に入り、しばらく行くと鍋ヶ滝への下り口に着きます。昨晩の雨で滑りやすくなった急な坂道を足もとに気をつけながら下って行くと、

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川の音が次第に大きくなり、右手に見事な滝が現れました。

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水しぶきが霧のように舞う滝の横手から、深くくびれ込んで洞窟のようになった薄暗い裏側に回り込むと、激しく落ちる水のカーテン越しに鮮やかな山の緑が見えました。

鍋ヶ滝から212号線を南に下り、中原の押戸石に向かいました。ここは蔵々窯の許斐さんが是非にと薦めてくれた場所です。標高845mのなだらかな山頂に近付くと、風に乗って太鼓の音が聞こえてきました。

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若者が西アフリカの太鼓ジャンベを敲いています。20年程前マリ共和国を訪れた時聴いたことを懐かしく思い出しました。もう一人の青年に傍に置いてある楽器の名前を尋ねると、ディジュリドー(イダキ)という名前を教えてくれました。シロアリに食われて筒状になったユーカリの木から作られたディジュリドーは、オーストラリアのアボリジニに伝わる最古の管楽器と言われています。

民族楽器の話をするうちに、以前私たちが武蔵野の雑木林の中でインドベンガル地方の弦楽器エスラージの演奏を聞いた話をしたところ、奏者の向後隆さんとは知己で、ディジュリドーを一緒に演奏をしたことがあると伺って、偶然の巡り合わせに驚きました。

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彼らは私たちのためにオリジナル曲を弾いてくれました。ジャンベの独特なリズムに合わせて、循環呼吸で途切れることなく奏でられるディジュリドーの通奏音・・・遠く九重、祖母、阿蘇の連山を見渡す360度の展望が広がる草原で聞く素朴な音楽は、まるで自然と一体になったかのように、風と共に身体の中を駈け抜けて大空に消えて行きました。

山頂にはたくさんの巨石があって、古代人の祈りの場であったともいわれています。中でも最も大きい押戸石(おしどいし)には、4000年前のものとも言われる古代文字(ペトログラフ)が刻まれています。許斐さんはパワースポットだと言っていましたが、何か謎めいたロマンを感じさせる場所です。


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九州の旅も終りに近づき、午後の便に乗るべく大観峰から草千里を抜けて熊本空港に向かいました。世界一といわれる阿蘇のカルデラは広く、湧き出す清水も豊富で豊かな自然が残されています。

(注) 押戸石の学術的な考察については、熊本大学入口紀夫教授の下記記事を参照ください。
http://www.geocities.jp/tulipcities/kumamoto/oshito.html


天草から小国へ [ちょっと遠出]

天草から帰京する前に、小国町の黒川温泉に寄って一泊することにしました。少し阿蘇の周辺を散策したかったからです。

今朝は久しぶりに梅雨らしく、昨晩からの雨が降り続いています。このお天気なのであまり寄るあてもなく、10時過ぎにのんびりと家を出ました。お昼ご飯は大矢野の「天慎」で、太太がお目当てのコハダのバッテラ巻きとだご汁を頂きました。

たまたま座ったカウンター席の向かいに、この巻き物を考案した板さんがいて、由来を聞かせてもらいました。コハダはシンコ、コハダ、コノシロと名前を変える出世魚ですが、シンコの初競りがキロ8万円(本マグロより高い!!)もする高級魚なのに対し、この時期のコハダは食するに中途半端で東京などに出荷できず、地元で消費していたものを利用しようと、この巻き物を考え付いたそうです。(そうは言っても、この間魚屋で買ったやつを刺身にしたら結構美味しかったけどなぁ)

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かつら剥きの大根で大葉と一緒に巻いた〆コハダは、さっぱりした上品な味わいです。天草大王で出汁をとっただご汁も良い味でした。

コテコテの天草弁を話す板さんとの会話は、時々太太の通訳を必要としましたが、考案者であるのに「やっぱりバッテラはサバがうまかです」とか、諫早のリンガーハット一号店が開店した時のチャンポンがこれまでで断トツにうまかったとか、本渡の殆どのすし屋の仕入れ先が、私たちがいつも買いに行く近所の魚屋さんだとかなど、面白おかしく話をするうちに、あっという間に時間が経ちました。

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豊肥線の線路に沿って阿蘇外輪山に囲まれた台地を東に向かうと、千年の昔から三座の神を祀る阿蘇神社があります。社殿は天保六年(1835)から20年の歳月をかけて再建されたもので、二層の楼門と本殿に飾られた太いしめ縄には圧倒されます。

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つづら折りの坂道を城山まで上ってやまなみハイウェイに出ましたが、雨に煙って視界はほとんど開けませんでした。

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日が沈んで黒川温泉の宿に着く頃には、雷とともに大粒の激しい雨になりました。

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宿は落ち着いた雰囲気で、渡り廊下に置かれたグミの鉢植えや

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さりげなく掛けられた星野富弘さんの絵など、心配りが感じられました。

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宿の内湯は檜造りです。実は天草に着いてすぐ、近くの漁港のテトラポットの上で写真を撮っている時に足を踏み外して、顔面と左手首それに右ひざをひどく擦りむき、お医者さんからは濡らしてはいけないと言われていたので、黒川温泉では酒と料理だけで我慢するかと半ば諦めていたのですが、ちょうど良い具合に入れる内湯があったので、芯から温まることができました。

宿の人の話では、この雨も明日には上がるとのことなので、阿蘇の展望が楽しみです。

天草の陶磁器 [アート]

以前のブログでも紹介しましたが、天草陶土は平賀源内もその書に「天下無双」と表したように、世界的にも有名な良質の陶土で、陶磁器製造の歴史も瀬戸に次いで古く江戸初期に遡ります。天草は幕府直轄の天領で領主が度々代わったため、九州各地で大名の庇護のもとに栄えた陶芸は発展せず、「陶石の産地」に留まっていました。

しかし近年になって若手の窯元を中心としたグループが活動の輪を広げています。昨年は代表的な白磁の高浜焼寿芳窯、陶房泰、小田床窯などを訪れましたが、今回は本渡周辺の若手作家の窯を訪れました。

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丸尾焼は江戸末期に窯を開き、現代も多くの若手陶芸家がここで修業を積んでいます。展示館の中は広々として気持ち良く、

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太太は季節感のあるデザインが面白い絵皿が気に入りました。

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「朝虹窯」の窯元余宮隆さんは、唐津焼の中里太郎右衛門の弟である隆さんの所で修業を積んだ若手陶芸家です。店の一角でコーヒーを頂きながら作品を楽しませていただきました。

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陶丘工房は島原湾を見渡す五和町御陵の小高い丘の上にあります。ご主人はちょうど用事で熊本市内へ出かけて留守でしたが、奥さんが丁寧に対応してくれて、おまけにきれいに花を植えているお隣の庭まで案内してくれました。

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陶土は苓北、佐賀愛知の土を混ぜているそうです。ちょうど手ごろなコーヒーカップがあったので買い求めました。

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陶丘工房から更に行くと、狭い山間に緑が広がっていました。このあたりの土は天草で最も農業に適しているそうです。

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息(いこい)峠窯は山を背にした林の一角にあります。窯を訪れると工房には山と積まれた陶器の間に一升ビンがポンと置いてありました。ここでは今も薪を使った到炎窯を使っています。15~20分毎に火加減を見るので、焼き始めると30時間の不眠作業が続きます。窯元の岡田さんと話をしていると、「きびなご」と「かなぎ」の違いや素潜りの魚釣り、農業などに話題が飛び、陶芸家というよりもむしろナチュラリストとして自然の中の生活を満喫している様子でした。

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美しい里山の広がる山の口焼の窯を訪れた時は、丁度お店の戸締りを済ませた所でしたが、私たちの姿を見かけて、窯元の奥さんが母屋から出てきて親切に開けてくれました。

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ここでは娘に頼まれた煮物用の中鉢を買いました。


蔵々窯は大矢野島から二つの橋を越えた維和島の深い山中にあります。私たちが訪ねると窯元の許斐(このみ)さんがいぶかしげな顔をして中から鍵を開けてくれました。山桜の綺麗な春先以外にこんな所まで訪ねて来る人はほとんど無いので訝しく思ったそうです。初めの印象はとっつきにくそうでしたが、しばらく話をするうちに仲間の窯元ばかりでなく、美味しい食べ物屋さんや隠れた見どころなど、訥々とした口調で丁寧に教えてくれました。

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オブジェで賞をとった彼の作品は蚊やり豚などとてもユニークですが、あまり冒険のできない私はオーソドックスなカップ&ソーサーにしました。

今回本渡近辺を訪れてみて、水の平焼以外にもたくさんの窯があるのに驚きました。若い世代の窯元たちが、これからの天草陶磁器の発展を担ってくれることを期待したいと思います。

本渡のお寺とお宮さん [ちょっと遠出]

天草には明徳寺、東光寺、崇圓寺などの禅寺を初めとして立派なお寺がありますが、その背景には島原・天草の乱以後、民心の安定とキリスト教から仏教への帰依を目的として、幕府が力を入れたという歴史があります。

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本戸馬場から西に入った突き当りの急な石段を上ると、重厚な山門を構えた曹洞宗向陽山「明徳寺」があります。このお寺は太太の実家の菩提寺で、ちょうど義父の月命日だったのでお参りをしました。東に明るく開けた墓地からは、本渡市街を通して島原湾を望むことができます。

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明徳寺から少し南に下って船之尾の商店街を裏手に入ると、緑の木立に囲まれた諏訪神社があります。元冦来襲の時に神風が吹いたのはよく知られていますが、水軍を率いて出陣した本渡城主は、諏訪大明神の御加護で風神が守ってくれたとして、弘安六年(1283)に信州諏訪の本社から分霊してこのお社を立てました。

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昔は毎月の恵比寿様の縁日に夜店が立ち並んで賑わったそうすが、久し振りに訪れた太太は「小学生の頃、親に買い食いは駄目と言われていたので、友達とこっそり裏の鳥居の陰で綿菓子を食べたのよ」と懐かしそうでした。

松栄山東向寺は本渡の中心部から少し離れた本町新休にある禅宗のお寺です。

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紫陽花の咲く門をくぐると、

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堂々たる本堂が現れました。境内に敷き詰められた芝生の一部が三角形に擦り減って、露出した土の上にバットが転がっていました。つい今しがたまで子供たちが野球をしていたようですが、

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少年たちは本堂と庫院をつなぐ石のたたきの上に座り込んで、何やら真剣な面持ちで額を寄せ合っていました。「何ばしよっと?」と聞くと、お互いに持ち寄った合体マシンのカードを見比べて、色々研究をしているとのことでした。

私たちが子供の頃、お寺や神社は格好の遊び場所で、暗くなるまで遊び呆けて良く親に叱られたものですが、ここにはそんな風景が今も残っています。

さて話は変わって、チャンポンのお話です。チャンポンといえば長崎が有名ですが、距離が近いだけあって天草にもかなりたくさんのお店があります。私は牛深漁港のものが美味しいと思うのですが、太太が今まで天草で食べた中で一番美味しいというお店を教えてくれるというので楽しみに出かけました。ところが出かけた二日とも暖簾が掛かっていないので不審に思い、引き戸の半分開いた玄関口から声を掛けると、中にいたおばあさんが「歳ばとって身体のきつうなったけん、店はやめたとです。せっかく来てもろうたとに、申し訳なかですね」とのことでした。う~ん、残念!!

ということで、本渡港の「みよし食堂」へ。ここはタクシーの運ちゃんたちが常連で、お客さんに「どっかチャンポンのおいしいお店ない?」と聞かれた時に教える店でもあります。

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麺以上に具が山盛りになったボリュームたっぷりのチャンポンです。ちなみに、こちらも以前の老夫婦はおらず、既に代替わりしていました。

街中を歩いていると、あちらこちらで「あらぁ、帰って来とったと?」と、幼い頃お世話になった近所のおじちゃん、おばちゃんたちや友だちに「ちゃん」付けで呼ばれる太太を見ていると、故郷があるのはいいものだなあと思います。

鬼池から雲仙へ [ちょっと遠出]

天草はこのところほとんど雨が降らず、梅雨だというのに乾燥注意報が出ています。利尻島では暖流の海に生育する海藻がはびこっているというし、やはり気候に異変が起きているようです。

とはいってもせっかくのお天気なので、対岸の雲仙に行くことにしました。天草は熊本県に属しますが、天草灘に面する苓北町は長崎県の島原と、下島南端の牛深は鹿児島県の長島と目と鼻の先にあり、かつて江戸時代には肥後藩から管轄外の地として冷遇を受けたのも頷けます。

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鬼池から対岸の口之津までは約7km、フェリーに乗るれば30分で着きます。口之津から島原半島の西海岸を北上し、小浜から七曲の坂を上って雲仙に向かいました。

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仁田峠に着くと、目の前に普賢岳に覆いかぶさるような平成新山の巨大な溶岩ドームが現れました。

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1991年の噴火の際に火砕流によって麓の町は深刻な被害を受けましたが、島原湾まで長く尾を引く裾野が当時の状況を形にとどめています。

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時に厳しい爪痕を残す火山も、一方では歴史ある温泉地として人々に親しまれてきました。温泉神社の裏手から矢岳の麓に広がる雲仙地獄では、あちこちで地面がぐつぐつと沸き立ち、あたり一面に硫黄のにおいが立ち込めていました。


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山を下り、再び鬼池に向かって口之津の港を発つ頃には夕陽も水平線近くに傾き、

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天草の通詞島とそのむこうの富岡の半島が、遠く夕暮れの靄の中に浮かびあがりました。

明治時代に「からゆきさん」と呼ばれた天草の貧しい乙女たちが、鬼池から早崎瀬戸を渡って島原半島の口之津へ行き、そこから外洋貨物船に乗せられて、遠くインドシナやシベリアまで身を売られた歴史があります。鬼池と口之津は対岸が見えるほんの7kmほどの距離ですが、潮の流れが急な早崎瀬戸を渡れば、故郷は再び土を踏むことの許されない遠い世界でした。
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彼女たちがどんな気持ちでこの景色を眺めたのかは知る由もなく、天草灘は沈む夕陽を受けてただただ金色に光り輝いていました。

天草 [ちょっと遠出]

一年振りに太太の生まれ故郷天草に帰りました。家からぶらぶらと歩いて2,3分の所に小さな漁港があります。

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このあたりでは小舟での沿岸漁業がほとんどです。早朝港に行くとおばあさんが手押しポンプでドラム缶から船に燃料を送り、お爺さんが漁具やエンジンの点検をするといった光景を見かけます。

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港はいたってのんびり。マストにとまるトンビや、

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魚の臭いがついた網を嗅ぎまわる子猫・・・


この近くは養殖の筏がなく、海が不自然に肥えていないので、良いアジやひかりものが取れるのですが、

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この時期は何と言っても「かなぎ(きびなご)」が旬で、朝港に上がったやつを、

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指で割いてヌタでいただくと最高です。

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夕方には沈む夕日に映えた雲仙普賢岳が、対岸にそのシルエットを見せてくれます。

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おや、君はまだそこにいましたか。日が沈むから、そろそろおうちに帰らなくっちゃね。

黒い花のハーブティー [季節]

普段黒い花を見かけることはあまりありませんが、アオイ科のブラックマロー(Mallow Black) は、ちょうど今の時期に黒い花を咲かせます。

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先日八郷に行った時にいただいたマローの花を、太太がドライフラワーにしました。ハーブティーにするためです。

マロウのハーブティーは、その色の変化が夜明けの空が刻々と変わる様子に似ていることから、フランスでは "tisane de l'aube (夜明けのハーブティー)" という名でも親しまれているそうですが、

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お湯を注ぐとゆっくりと青い色が染みだして、やがてルビー色に変化しました。ポットの中に現れた朝焼けの町並み・・・。

ブラックマロー自体は味と香りがほとんど無く、他のハーブと合わせてもっぱら色の変化を楽しむようです。


ルバーブジャムとゆすら梅酒 [季節]

先週末に立ち寄った友人の家で、ルバーブとゆすら梅(桜桃)を頂きました。
ルバーブはダイオウ(大黄)の仲間で、漢方でも整腸剤のひとつとして処方されますが、その酸味と香りを生かしてジャムにしたりパイの具にしたりもします。

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ルバーブの茎を適当な長さに切って、砂糖を加えてしばらく置き、

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茎から水分が出始めたら、中火にかけてアクをとります。 しばらくすると突然茎が煮崩れて柔らかくなり、酸味のきいたジャムが出来上がりました。

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ゆすら梅は人の背丈位の高さで、小指の先ほどの鮮やかな赤い実をつけます。

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太太と友人のお嬢さんがせっせこ実を摘んでくれたのですが、

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一粒ごとに種を取るのが面倒くさく、ちょっとずぼらをして果実酒にしました。

初夏の高原 [ちょっと遠出]

ちょっと用事があって、今週も八ヶ岳南麓に出かけました。週末の高速道路一律1000円の導入で渋滞するかと思って少し早く家を出たのですが、案外車が少なく予定の時間より2時間も早く着いたので、サクランボ狩りをしてみようということになりました。
電話をかけると驚いたことに、まだ収穫には早目だというのに予約は既に一杯で、残念ながら飛び込みの受け付けはしないとのことでしたが、見事な枝なりの実を見たいのですがとお願いすると、係りの人が快く果樹園を案内してくれました。
さくらんぼといえば山形が有名で、日本の生産量の7割を占めていますが、山梨県青森に次いで第三位の生産量です。サクランボはキウイなどと同じく異なる種類で交配しなければ果実が実らない他家受精の果樹で、ここの果樹園でも佐藤錦と高砂を交互に受粉しています。

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地面と平行に伸ばした枝いっぱいに、見事な房が色付いていました。

枝の剪定、摘果など、ひとつひとつ手間をかけて実を育てる苦労を聞くと、店先で目をむくほどの値段が付けられているのもむべなるかなと思われます。

午前中に用事が終わったので、昼食の後清里まで脚を伸ばしました。お目当てはアンティークオルゴールを含む自動演奏楽器の演奏が聴ける”HALL OF HALLS”です。

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ホールに入ると、大小様々なオルゴールが並べられていました。これらが演奏できる状態で保存されているのは素晴らしいことですね。

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これは19世紀末にドイツ人によって開発されたディスク・オルゴール。私たちに馴染みのあるシリンダー・オルゴールと違って、裏側に突起がつけられたディスクが回転し、その突起がスター・ホィールを押し回して櫛の歯を弾くというもので、LPレコードのようにディスクを換えることで色々な曲を聴くことができます。

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木箱が奏でる暖かい音に、皆引き込まれるように聴き入っていました。

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一方こちらはリードペーパーの穴が駆動系を制御してペダルを動かすパイプオルガンです。演奏が始まるとまるで吹奏楽団がすぐそばで弾いているような大音響の臨場感に、思わず体がのけ反ってしまいそうでした。

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高原の初夏は清々しく、若駒の毛並みもつややかで、

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草原は色鮮やかに咲いた花々で埋め尽くされていました。

蕎麦の花 [季節]

今、周りの畑では蕎麦の花が満開です。

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我が家の近くの大地主さん、趣味のソバ打ちが高じて、何年か前に畑を蕎麦で埋め尽くし、

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お店まで作ってしまいました。

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遠目には真っ白に見える蕎麦畑ですが、近寄ってよく見ると紅色の点があってきれいですね。

ちなみに。蕎麦の生産量は北海道が国内全体の1/2近くを占めてダントツの一位、続いて信州そばで有名な長野福島と続きますが、蕎麦好きの日本人の胃袋を満たすために、消費量の80%を輸入に頼っているのが実情です。


八郷の西光院 [ちょっと遠出]

日本の里百選に選ばれた茨城県八郷の町に、天台宗の峰寺山西光院があります。ここは今から約1200年前の平安初期に開山されたお寺で、山腹の岩肌にしがみつくように建てられた本堂を支える懸造(かけづくり)の舞台があることから、「関東清水寺」と呼ばれています。

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うぐいすが啼く緑深い参道を歩いて行くと、立派なクスノキがまばゆいばかりの新緑をつけた枝を空いっぱいに広げていました。

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本堂は岩盤の上に組み上げられた木を支えに建っています。現在の建物は220年前に再建されたものを修復していますが、厳しい風雪に曝されて良く耐えていると感心します。

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高所恐怖症の太太は本堂の壁際にへばりついていましたが、舞台からの展望は素晴らしく、関東平野の北端から始まる山並みを背景に、黄金色に輝く麦畑と若緑の青田が模様を織りなす八郷の田園風景が一望に見渡せました。

小鳥の巣 [季節]

この冬に気まぐれで庭の桃の木に巣箱をつけました。最近可愛いさえずりが聞こえてくるので、息を殺して待っていると・・・

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丸窓からヒョッコリと親鳥が姿を現しました。軽やかに大空に羽ばたいてしばらくすると、


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嘴に何やら虫らしきものをくわえて帰ってきました。どうやら巣箱の中にはヒナが数羽いるようで、チュッチュ、チュッチュと大合唱が聞こえます。

桃の袋がけをしようと思っていたのですが、ヒナが巣立つまでしばらくはそっとしておきましょう。




桑の実(マルベリー)ジャム  [季節]

今ではあまり見掛けませんが、かつて養蚕が行われていた武蔵野では、雑木林にたくさんの桑の木がありました。私が以前勤めていた研究所にも鬱蒼と生い茂った雑木林があったのですが、敷地を売却した後、ショッピングモールの駐車場にするために、ほとんどの木が伐採されてしまいました。それでも街路と隔てるフェンス際だけにはかろうじて樹木が残され、その中に背丈が7,8mもある桑の木が一本あります。

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初夏のこの季節には桑の実が熟して、今日散歩をしていると枝先から黒紫色に熟した実がポタポタと音を立てて落ちていました。桑の実は木によって味にばらつきがありますが、この木のものは多少淡泊ながらも甘酸っぱい味がします。見上げると小鳥たちも元気よく啄んでいます。

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ちょいと傘の柄を枝に引っかけて手を伸ばすと、ザルいっぱいの実が採れました。

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少し手間ですが茎を丁寧に取ってグラニュー糖を加え、

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柑橘果汁を加えてしばらく煮込んで、

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瓶に詰めればポリフェノールたっぷりの「桑の実ジャム」の出来上がりです。
初夏の味ですね。


オニユリ-鬼百合 [季節]

ユリ根は食感が面白くて時々料理に使いますが、どんな百合の根でも良いというわけではなく、ヤマユリ、オニユリのみが食用に適しています。

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食べそびれて少し芽が出かけたユリ根を庭に埋めておいたら、ニョキニョキと茎が伸びて、とうとう立派なオニユリが咲きました。

株分けをすればまたユリ根が食べられるそうですが、足かけ2年がかりでちょっとしんどそうなので、今回は花を見るだけにしておきましょう。

アジとアスパラの春巻き - 春捲 [食べ物]

さかな屋の店先に並んだ寺泊からのアジ。身がしっかり太くて脂も乗っています。

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こいつは捌くしかない・・・。

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三枚におろして刻み生姜を加えて味噌と酒で和え、アスパラガスと大葉を一緒に巻いて、

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さっと揚げれば春巻の出来上がり。これはビールのつまみに良く合いますナ。

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残りは開きにして、海の水ほどの塩水にしばらく浸し、

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窓辺で風と天日に晒して一夜干しに。

近所のネコどもには悪いけれども、君たちは匂いだけ楽しんで下さいナ。


在魚店前面擺著日本海産新鮮的肥鰺魚。我想「操魚刀!」。
切成三片而跟蘆筍一起捲做炸春巻。

另外的剖腹曬日受風做乾魚。
對旁邊的猫伙兒不好意思、你們只享受味道吧。

アップルミントティー 蘋果薄荷茶 [野良仕事]

今日は午前中に畑で、自分が入りそうなほど大きい穴をふたつも掘って、大いに汗をかきました。
もちろん埋まるのは私ではなく、実や種を摘んだ後の野菜たちです。

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庭先のアップルミントも、随分と株が増えてきました。

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柔らかい葉を刻んでお湯を注ぎ、待つこと4,5分・・・香ばしいアップルミントティーのできあがり。

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ちょうどタイミング良く、太太の友人から旅行のお土産に頂いたジンジャーブレッドをお茶うけにしながらハーブティーをいただくと、野良仕事の疲れもスーッと消えて行くようです。

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ついでにちょっと作ってみた「アップルミントのフラクタル」


今天上午田地裡挖可能我進入的很大二個坑、大汗淋灕。
當然進入是摘過果実或種子的蔬菜而不是我。

用院子的 Apple Mint 泡蘋果薄荷茶。
跟恰好朋友給我們的點心一起吃、田間労働的疲労可能消失。

隋便做著Apple Mint 的 Fractale 玩兒。

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